幡多の「あまくちしょうゆ」の由来

「幡多のしょうゆ」は昔から甘口なのか調べてみました。九州の甘口醤油の影響があるようです。

幡多(はた)とは?

高知県西部四万十市周辺を県内では「幡多(はた)」とよびます。
昭和29年市町村合併で「中村市」が誕生するまでは「幡多郡中村町」でしたので、この幡多郡から「幡多」と呼ばれるようになりました。
平成17年4月10日には「中村市」から「四万十市」に改称され現在に至っています。以前は「幡多の中村」とよばれ、今は「幡多の四万十」です。

幡多地域の言葉はいわゆる土佐弁と少し違う独自の「幡多弁」という方言があります。 一部広島弁に似たイントネーションもあるという人もあります。

四万十市について

四万十市中心部の市庁舎は北緯32度59分、東経132度56分に位置します。
人口は34,796人(平成28年9月現在)です。

余談ですが、弊社先代社長篠川隆徳は昭和29年中村市政が誕生したときの初代市議会議長を務め、その後昭和33年まで4期続けて議長職を務めました。
当時の中村市にはまだ鉄道が通ってなかったため鉄道の早期実現は悲願でもあり、在任中は誘致陳情にも尽力したと聞きます。昭和38年隣町「土佐佐賀」駅まで開通し、昭和45年10月1日に国鉄中村線が開業して、同時に土佐中村駅が開設されました。

マルバンの由来

マルバン醤油株式会社の外観

弊社名は幡多郡の「幡」を「バン」と読み、マルバンと名付けられました。

高知県は地図の上で左方面を西部(足摺岬方面)、室戸岬方面を東部と呼んで東西に広い太平洋に面した県です。
この地形に沿って醤油の特徴も西部は甘口、東部はやや辛口が伝統です。
幡多(はた)のしょうゆは西部ですのでやはり「あまくち」です。
昔は陸路の交通が厳しかったため、隣接県(愛媛県、徳島県等)との海上交流によって、しょうゆの嗜好にも少なからず影響があったと思われます。

温暖な気候と九州との海上往来

愛媛県と九州大分は豊後水道を挟んで比較的近距離です。
九州特有のあまくちタイプの醤油が愛媛県南予周辺に昔からなじみもあったことから、甘口の味が南予地方に根付いていったようです。
また当地高知「幡多地方」も愛媛南宇和とは海上の往き来があり、おなじ「甘口」が好まれ今に受け継がれてきたと先人から聞きました。
愛媛南予(愛媛を「伊予」と言います、南予は南伊予のことです)から高知幡多(幡多は前述した土佐西南部、幡多郡のことです)にかけて四国のなかでも四国西南地域の醤油が特に甘口なのは、温暖な気候と九州との海上往来があったことと関係あるようです。

木製の斗樽容器

昭和20年代ころまでは未だ木製の斗樽容器が主体でした。
道路事情は今に比べて極端に悪かったので、海上輸送の方がはるかに能率が良かったと思われます。 港湾各所に未だ昔の物流倉庫の面影が残っているところもあります。
戦前、戦後にかけては店頭で木樽から一升枡(瓶)などに量り売りもされていたそうです。 お酒も同じように店頭販売もしていたと聞きます。

マルバン醤油のもの造りコンセプト

弊社のマルバン「こいくち金印」は幡多では昔から親しまれている「あまくちしょうゆ」です。
四万十の伏流水でじっくり寝かせた天然醸造諸味からできています。 遺伝子組み換え大豆は使用せず、麹を仕込んで1年かけて製品になります。
醤油の出来栄えは、力のある醤油麹と発酵微生物の醸造熟成環境によって醸される「良質の諸味」で決まります。
醤油造りの基本は今も昔も変わりません。

幡多伝来の「あまくち」醤油が製品造り

地場に根差した商品造りを目標に、【四万十】の商号を平成3年に商標登録しました。

四万十産の柚子を使用した「ゆず製品」、四万十伝来焼き鮎のだしエキスを使った「あゆだし醤油」、「カツオだし醤油」など「土佐の恵み」を使って地場商品の開発を進めています。
天然醸造の良質諸味からできた幡多伝来の「あまくち」醤油が製品造りこだわりの原点です。